KINKONYAの誕生
KINKONYAの最初取り組みは、同級生5~8人ほどでインスタグラム(odo.kinkonya)の設立したことから始まりました。受け入れシステムの構築など意見を出し合いながら作っていきます。KINKONYAという名前も、その時に発案されました。大村湾の旧名、琴湖の家→「きんこんや」です。
KINKONYAはもともと、すぐ側の尾戸小学校の教員住宅でした。私が小学生の頃には授業でカヤックに乗ったり、夏休みにはみんなで宿泊したりとお世話になってきた建物です。私が小学生の頃ですので20年前くらいになりますが、建物も、目の前の筏も当時のまま残っており尾戸小学校のトロフィーなども大量に保管されていました。
そんな状態からのスタートだったので、まず施設の掃除や周辺木々の伐採など、主に綺麗にする作業を休みの日に少しずつ行っていき、同時に発信していきました。全く知名度がなかったので収入はほとんどありません。備品も不十分だったのでポケットマネーから手出ししながらなんとか受け入れ態勢を作っていきました。これが令和2年秋ごろの話です。


自治会の支援が無くなる危機(R3)
令和3年5月。尾戸地区自治会の総会で「海の家は独立会計で回すように」と自治会の会計から外されることになります。収入も安定していない状態だったので、反対しましたが初期費用として10万円を支援してもらい、あとは自分たちでどうにかするようにと言われました。
当時、自治会の仕組みもよく分かっておらず、総会にも出席してなかったので、なぜそうなったのかは詳しくは分かりません。
水道光熱費や火災保険、浄化槽代など固定費の支払いができるのだろうか?
施設としてお客さんに来てもらうための修繕費や備品費をどうしようか?
不安しかありませんでした。
とりあえず、自分たちにできることは少しでも施設の環境を良くすることと、インスタで発信していくことくらいです。自分たちで施設を利用してみて足りないものを書き出したり、野母崎で活動している野母崎gramさんを招き、拡散してもらったりと色々と工夫して取り組みました。しかし、令和3年度の利用者はたったの7組でした…。





KINKONYA備品が壊れ運営危機(R4)
R4年度、KINKONYAがスタートして2年目を迎えます。昨年の赤字を挽回すべく頑張ろうと思っていた矢先。KINKONYAのボイラーが寿命を迎えます。また、水道ホースのジョイントの破損で8万の請求が来ました。
五右衛門風呂が丸見え状態だったので囲いを作成したり、薪小屋を作ったり、外溝など施設周辺の整備をしたりとそんな中でも少しずつ改良を重ねていきます。この時、地元の後輩とその同級生が手伝ってくれていました。貴重な日曜日の休みをKINKONYAのために使ってくれていましたが、もちろん無償です…。
そんな感じで2年目を終えましたが、R4年度の利用者は11組でした。



KINKONYAの救世主(R5)
R5年度、KINKONYAがスタートして3年目を迎えます。まだまだ赤字運営中でしたがこの年は、インスタやGoogleマップなどが実を結ぶ年となります。いつものように、お客さんが入っていない日に少しずつ改良を進め、お客さんが入った時には、お客さんからの意見も募っていました。
夏が近づくと、インスタでのメッセージや電話での問い合わせがいつもより多く入るようになります。感覚的には、これまでの5倍くらいのペースで問い合わせの連絡が来るようになりました。
問い合わせ件数が急に増えたのは2つの理由があります。1つ目は、Googleマップに登録したことです。そして自分の携帯番号を入力したせいで、電話が掛かってくる事態になりました。2つ目は、以前のお客さんに長崎で有名なブロガーさん(ふくちゃん)がいてくれて、施設のことを記事にしてくれたからです。(その時の記事)
「ふくちゃんの記事を見ました」と諫早からのお客さんが沢山来てくれました。初めて、毎週土日に予約が入っている状態になり対応に追われていたのが懐かしいです。そして、その時のお客さんは今でもまだ来てくれており、いつもいつも応援してくださっています。ふくちゃんさんのおかげもあり、初めて収入が支出を上回ることができました。
R5年度の利用者は、43件でした。



今後を見据えてバランスを調整(R6)
KINKONYAがスタートして、3年目でようやく運営していける目途が立ってきましたが、ボランティアにも限界があります。
4年目を迎え、受け入れ対応や掃除、買い出し、施設管理など1人でやることに限界感じました…。もちろん、手伝ってくれる人も沢山いましたが、タイミングが合ったら来てくれるという感じで、責任を負って共同で取り組んでくれる存在がいません。
地域にかけ合って、地域みんなで協力して取り組みたいと説明しましたが、「若い者でやってくれ」と言われるばかりです…。若い者がいないから頼んでるんですが…。やはり、ボランティアで運営していくことは難しいです。
この年に新しく取り組んだことは、自分以外の人が掃除に入ってくれた場合は掃除料金を支払えるように、予算に人件費を組み込みました。存続可能な形を作っていくためには、人件費が払えるだけの余力が必要だと思ったからです。ですが、そんな簡単に掃除やお客さん対応をしてくれる人は見つからず、、、問い合わせはあるものの半分は断ってしまいました。
R6年度の利用者は、35組でした。

KINKONYAを辞める決断
KINKONYAが始まって5年目。年度初めの総会で、もう一度地域のみんなで運営する形はどうかと提案しました。しかし、賛成者はいませんでした…。もともと町おこしとして取り掛かり始めて、KINKONYAの維持費(年7万程)だけでもプラマイゼロにできれば地域に貢献できると思っていました。そして、実際に地域の会計から切り離しKINKONYAは独立会計で成り立っています。収益は全然出せませんが、お客さんも喜んでくれており運営の仕組みもある程度形になりました。「地域みんなでやろうか!」という流れになると予想していましたが、全然力及ばずでした。
私もずっと個人でやり続けるのは限界で、本業にも力を入れたいと思っていたので今年度で辞める決断をします…。
お客さんにも、「今年で最後になると思います」と伝えていました。
R7年度の利用者は、29組です。

KINKONYA継続⁉
R8年、KINKONYAが始まって6年目。沢山の方から「残して欲しい」と言っていただき、なんだかんだ現在も継続中です。
自治会にも「辞めたい」とを話ました。「沢山のお客さんが存続を希望してくれていること」「協力してくれる人がいれば継続できること」「私1人では運営を回せないこと」を説明しましたが「若い人を集めてやってくれんね」と結局、何の進展もなかったです。
しかし、私の父(保育園の園長)が保育園の職員みんなで運営できないか?と提案してくれたおかげで、現在、そちらの方向で話が進んでいる最中です。とりあえず、令和8年度はすでに始まっていますし、問い合わせも沢山いただいているので頑張りたいと思っています。備品が古かったり、収支のバランスが難しかったりと課題は山積みですが、少しでも長く継続できることが地域にもお客さんにとってもいいのかなと思っています。そして、私たち尾戸小学校の卒業生の思い出の場でもありますし、子どもや家族連れの方にとっても貴重な場所です。できれば地域もお客さんも一緒になってみんなでKINKONYAを守っていけたらと思います。

これが、KINKONYAの始まりからこれまでの経緯です。いつまで続くか分かりませんが今後とも応援していただけると嬉しいです。
おわり