はじまりと経緯

KINKONYAの始まりと思い

そもそもなぜ、KINKONYAに携わることになったのかの経緯から記します。

私は、長崎短期大学を卒業し東京の保育園に保育士として就職しました。保育士として修業するためです。そして、ちょうど平成から令和に変わるタイミングで長崎に帰ってきて、地元の保育園に務めます。

4年ぶりに帰って来て、同級生がほとんど県外に出てしまったことを知りました。そして、地域の運動会や夏祭りなどのイベントも無くなってしまったこと、人口がどんどん減っていることを聞き、「琴海、このままではヤバいんじゃないか」と焦燥感に駆られました。保育園も子どもがいなければ運営できなくなってしまいます…。

そして、地元に残っている同級生に呼びかけて「町おこし」をしようと提案したのです。その時のメンバーは自分を含めて3名。ありがたいことに賛同してくれて集まって作戦会議をすることになりました。

「町おこし」に向け作戦会議

町おこしと言っても、具体的に何をするのか?ということで、案を出し合いました。

「空き地・農地など使用していないスペースの活用」
→若い人が農業を始めるきっかけ作りや、年配の方との繋がり作り。

「高齢者が集まれる居場所作り(食堂)」
→1人暮らしの高齢者が多いため、バスを走らせて憩いの場を作る。

「琴海のHP(ネットショッピング)を作成」
→琴海の知名度を上げ訪問する人を増やす。ネットを使って販売できる仕組みを作る。

「空き家再生」
→宿泊施設、琴海で新しく事業を始めたい人が利用できるもの。

「農業体験やイベント、釣り体験」
→体験の提供で琴海の良さを知ってもらう。

「牡蠣小屋」
→牡蠣やジビエが売れずに余っていると聞いたため、販売ルートを作る。

これらが実際に出た案です。当時、23歳の男3名で色々考えて絞り出しました。

いきなり挫折

出し合ったアイデアをもとに実現可能かどうかを考えていきます。実際に地域の関係者の方に相談に行ったりもしました。しかし、どの案も実現できそうにありません。その理由は、資金がないこととあまり受け入れてもらえなかったからです。

何をするにしても初期費用が掛かります。しかし、そのお金はありません。クラウドファンディングやアフェリエイトなど他の案も出ましたが、やはり難しそうです。

そんな時に、尾戸の海の家を貸出しているという話を聞きました。

詳しい話を聞きに行くと、尾戸地区自治会が管理しており、貸出をしているものの利用者が少なく、建物の維持費だけで赤字が出ているそうです。「どうすれば集客できるか?」と逆に聞かれたので、「それならSNSを使って集客を手伝います」と言ったのがKINKONYAに携わるようになったきっかけです。そして、SNSで集客を手伝うだけのつもりでしたが、「若い者でやってくれんね」とほぼ丸投げ状態でKINKONYAの運営自体を請け負うことになります。